データ復旧.com中島 孝太 様 | 弊社のデータ復旧サービスをご利用頂いたお客様の声 | データ復旧.com

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復旧率最高値
 
95.2%
 

※2018年2月実績 復旧率=データ復旧件数/データ復旧ご依頼件数(2017年12月~2021年12月の各月復旧率の最高値)

 個人 /  フラッシュメモリ
 デジタルデータリカバリー(DDR)のサービスをご利用されたお客様の声

中島 孝太 様

会社員

20歳の頃より地元浅草の町会青年部に入り、24年目の現在は役員としてご活躍される中島様は、ある日予期せぬ出来事により大切なデータが詰まったUSBスティックが壊れてしまいました。若い世代への熱く優しい思いが込められた24年分ものデータを取り戻すために、デジタルデータリカバリー(DDR)へ復旧のご依頼がございました。

若い人達に伝えていきたい24年分のデータ

紛失したデータ
24年分の町内会の書類資料
会社の注文書・請求書などのデータ (Word)

データ紛失の経緯
この度、壊れてしまったのは8年程使っていたUSB(8GB)スティックです。ある日、自分のノートパソコンにUSBを差した状態で会社に置いたまま帰宅しました。翌朝、掃除をしていた同僚が誤ってパソコンのコードに引っかかり、パソコンを机から落としてしまいました。
私が出勤するとUSBのフタが外れ落ちていて、パソコンに差さったまま折れ曲がっていました。少し反っていたので「あれ?」と思い、パソコンを立ち上げて確認したらデータが全然出てきませんでした。幸いパソコン本体は無事でしたが、データを全く読み取らないので、「困ったなー、まいった!」とお手上げ状態になりました。
以前は性格的に小まめに複数個のUSBにコピーして、少しでも変更があれば保存し直すというのを入念に繰り返していましたが、それが段々と面倒くさくなっていました(笑)
もっと大雑把にやれれば良かったのでしょうけど、性格上それが出来なくて、「もう今後はUSB1本で大丈夫かな」って思い1本にした途端、今回の事件が起きました。今振り返るとパソコンにもきちんと保存しておけば良かったと後悔しています。
中島 孝太 様
中島 孝太 様(44)

  • 【記念に残している壊れたUSB】①
  • 【記念に残している壊れたUSB】②
  • 【USBはもう使えませんが記念に残しております】


データ復旧について
以前一度パソコンが壊れたことがあり、その時パソコン修理業者にお願いしたら、データは消えてしまいましたがパソコン本体は2~3日で直ったことがあったので、「もしかしたらUSBも直してもらえるかもしれない」と思いました。そこで「USB 修理」や「USB 復旧」とネット検索するとDDRが出てきました。
何社か出てきた中でDDRは「復旧率96.2%」と書いてあったので「ここなら出来るんじゃないか?」って思いましたがやはり内心は半信半疑でした。
自分でも直せるかなと思って色々触って試しましたが、「あまり触ると復旧できなくなる可能性もある」と書いており大変焦りました。下手にやってパソコンも壊れてしまうとまずいなと思ったので、自分でいじるのをやめてネット検索をしました。データ復旧の専門会社があることは、検索するまで知りませんでした。

特に復旧したかったデータとその中身
町会の重要書類や仕事用データ(注文書・請求書)などです。
浅草三社祭でお神輿が通るルートや時間帯はその年ごとに変わるので、町会ではその打ち合わせや割り振りなどを毎年行います。
お神輿が通るルートに矢印を記した図面を毎年作っており、20歳の時初めて町会青年部として活動した当時より、わたしは先輩達から配布されたそのような重要書類をきちんと管理しており、役員に就任した現在に至るまで、全て蓄積していた24年分のデータでした。
三社祭は日本屈指の大きなお祭りですので1年かけて準備するため、書類や資料は必然的に増えていきます。各町会は、自分達の町を通るルートなどを記した書類を事前に警察にも提出しないとなりません。
昔は全て書面でしたので、書類ばっかりどんどん増えていたのですが、きちんとスキャンしてデータとしてパソコンに取り込んでおいた方が、後々若い子達に色々と聞かれることも多いので、「この年はこうだったよ」と答えられるように、誰に頼まれた訳でもなく個人的に残しておいたものです。例えば何十年かに1回「お神輿の大修繕」というのがあり、神輿が出ない年があります。毎回、神輿に合わせて動きを決めるので、神輿が出ない場合は全く変わってきます。その時に何をしようとか、他の町会と組んでどこへ行くなど、私が青年部に入った頃は、一切手元に参考資料がなく、上の方に尋ねても「こんな感じだったかなー?」という曖昧な返事しかなかったので、これからは若い人達が困惑しないため、きちんとデータで残してあげたほうがいいなという思い一心で、日々スキャンしたり手打ちしたりして資料のデータ化に努めて参りました。ここまで残している人は他にいないと思います(笑)
役員メンバーは年齢層が高いので、つい2~3年前まではメールではなくまだFAXでやってましたからね(笑)他には青年部の名簿や連絡先データもありました。最悪、連絡先はスマートフォンにも入っているので、そこまで重要視していませんでしたので、今回特に復旧したかったのはやはり「24年分のデータ」ですね。

データを失った時の気持ち
データを失った時は、頭の中が真っ白になりました。「どうするんだこれ!?」と正直すごく焦りました!実はわたしはパソコンに強くないのです。今でこそスマホを持っていますが、昨年の8月までガラケーでした。そのガラケーも15年ほど使っていましたし、それが壊れてdocomoショップへ行き同じ機種があるか聞きましたけど、さすがにもう同じのはないので、似た機種を買おうとしたら、娘に「もういい加減スマホにすれば?」と言われスマホにしたくらいです(笑)。
今思うと、パソコンがあまり得意じゃないからこそ、ちゃんとデータを残していたのだと思います。

データが戻ってきた時の気持ち
助かりましたよ!とにかく良かったです!正直、「これ戻ってこなかったらどうなっちゃうかなー、、、」という気持ちでした。2~3日くらいで復旧してもらい、めちゃくちゃ早かったです!すぐ必要なデータではなかったので、1週間でも1ヶ月後でもいいやって思っていたら、2~3日で電話がかかってきました。届いたデータを確認したら100%戻ってました!

もしデータ復旧できていなければ
会社関係の書類はまた一から作り直せば良いですし、町会の書類も誰かに迷惑をかけるものではありませんでした。自分の中で「なんだー」と寂しく思うだけですが、ただただ戻らなかった時のことばかり考えていました。

DDRを選んだ決め手
値段を意識しながらデータ復旧会社3社のホームページを見ました。 まず“最安値”と書いてあった会社に電話してみたらすごく対応が悪く、復旧できるかも分からない曖昧な話し方でした。大事なデータは決してお金に代えられないので、それでは困ると思い、次にDDRに電話してみました。最初の会社とは違って電話対応が良かったです。
“96.2%”の復旧率と技術者が大勢揃っていて、専門家がきちんと担当してくれると書いてあったので「やっぱりここが一番かな!」と思いました。
電話口で一番早く直す方法を尋ねると「ひとまず銀座のラボに持ってきてください」と言われ、銀座なら浅草から近かったので、妻に行ってもらいました。
私は“送ってください”とか“出張します”というのが面倒くさい性分なので、多少距離があっても実際に行く方が楽なんです。送る時間を考えると、すぐその場で聞けた方が良いので、今まで何かを頼む時は直接行ける場所を選んでいます。
DDRには電話したその日にすぐ持って行きました。初期診断では「かなり重症なので戻ったとしても半分くらいかも知れません」と言われたそうです。「ただしUSB自体は良い状態なので、もしかすると8割程度は復旧できる可能性もあります」とも言っていましたが、「正確な判断は実際に分解して診てみないと分かりません」ということでした。それでも担当者の「8~9割戻せるよう最大限の努力をさせて下さい!」の言葉に、「それでいいよ!是非お願いしよう!!」と妻と話し合い決めました。

DDRのデータ復旧サービスを利用して感じたこと
復旧が終わり納品時に、電話で対応してくれた男性の方が非常に丁寧な対応でした。DDRは、電話対応が本当に良いと思います。「まず一番必要なデータを開いて確認していただけますか」と言われたので、在りますと伝えると、「では全部のデータ確認を今すぐは難しいと思いますので、徐々に見ていただいて、もし不都合があればいつでも言って下さい」と言ってくれました。
最初、半分って言われていたので、全部戻ったのはすごく嬉しかったのですが・・・最初から8割と言ってくれてたらもっと安心出来たんですけどね(笑)
半分って言われた時はシュンとなりましたが、でも凄いなって思いますよ!正直、直ると思っていなかったのでとても助かりました。

復旧後の対策
今はUSBを2本体制で対策をしています。今回みたいにパソコンを落とすと困るので、月に1回とか、大きい入れ替えがあった時は、必ずバックアップをとるようにしています。

最後に一言
私はパソコンにあまり強くないせいか、「絶対に直らないだろう」というのが正直な感想だったんです。目に見えないものを直してもらったということが本当にすごいです。これから同じようなことがあってはなりませんが、世の中が便利になればなるほどこういった職業の方が重要になってきますので、DDRには一段と技術を磨いて頑張って頂ければと願っております。
私達は、こればっかりは自分ではどうにも出来ません。今回、DDRという会社があって、データ復旧が出来るということが分かっただけでも大変有難かったです。

 町会の活動について

国内外問わず、全国より毎日大勢の観光客で大変な賑わいを見せる浅草には44の町があり、私は「雷門東部町会」という、ちょうど雷門の向かいにある観光センターがある町会に属しております。現在、町会員は500名くらい、その内青年部が18名、役員は私を含めて27名おります。
町によりそれぞれ規約が異なるのですが、うちの町会役員は80歳定年制です。父が80歳になり役員を辞めることになり、そこに私が入る形で就任し約2年が経ちました。うちは、役員になるには2名の役員の“承認”が降りないと役員に上がれない規約になっています。
青年部はお祭りが主になりつつありますが、町会は基本的にお祭りのことだけではなく、町全体の為になる活動を行います。
廃品回収、東京マラソンのお手伝い、1人暮らしの高齢者へ「お元気ですか?」と様子を見守りに行ったり、暮れには「火の用心」を叫びながら町を歩いたりなど色々なお手伝いを行います。
最近増えてきたのは地方の小学生が旅行に来たときに、グループ分けして観光案内のボランティアをしたりします。浅草を訪れる観光客はどこよりも多いですし、これからオリンピックを迎えるにあたり益々増え、同時に活動内容も増えていくと思っております。